SNSの時間を減らしたら、意志力が戻ってきた
こんな記事をnoteへ書いた。
SNSを使う時間がPhoneのショートカット機能を使って4分の1になった
スマホ、特にSNSが顕著だが、耳目を強制的に引きつけるような通知や情報を流してくる。
刺激ということで考えるとランダム刺激によるスキナーボックスは有名な話である。
スキナーボックスは、箱の中の動物がレバーを押すと報酬(餌など)が得られる装置だ。報酬がランダムな間隔で出ると、動物はいつ出るかわからない報酬を期待してレバーを押し続けるようになる、という行動実験でもある。
「いつ来るかわからない刺激」が行動を強化するという点が本質で、SNSの通知やタイムラインの更新がこれに似た構造になっている。
スキナーボックスは餌を得るためにレバーを押す。
退屈を埋めるためにSNSを開くこともこれと同じだ。この目的と手段があっているかどうかを考える必要があるだろう。
餌が欲しいからレバーを押しているならいいが、刺激が欲しいからレバーを押していると際限がなくなる。
餌を適切な量とるなら問題ないだろうが、そのまま餌を出し続ければ、お腹がはち切れてしまう。
そして、人間の意志の力はこの刺激への歯止めとしてはあまりに弱いし、消耗品である。
だから、先んじてSNSのレバーを重くしたり、餌をまずくしておいたのが、冒頭の記事だ。
意志ではなくシステムでなんとかする。
実際SNSを見ていたことは予想以上に意志の力を消耗させている気がしている。
これはSNS、特にXの時間が減ったあとの個人の感覚でしかないが、意志の力がだいぶ残っている。
たとえば行きの通勤電車はまだしも、帰りの通勤電車では本を読むことが難しかったが、最近は読める読める。
Xが意志力をすり減らしていた理由を考えてみる。
一つの仮説としては、Xを眺めていると流れてくる情報について「読むか読まないかの判断を繰り返し」、「書かれている前提へ想像を働かす」必要があり、そんなところで意志力が消費されていたのではないだろうか。
その消費がなくなり、他のことに使えるようになったのかもしれない。
さらにスマホを使っているときに脱線も減った。
たとえばスマホで電子書籍を読んでいて、一回スマホを置いてから、また読み始める際にふとSNSへ流れていくということがほとんどない。
冒頭の記事で本の感想を書く時間が増えたと書いたが、それも感想を書こうとした時にふとSNSへ脱線することがなくなったのも大きいと思う。
習慣の流れを変えることで意志力の使いどころを変えることができたともいえるのかもしれない。1
そしてSNSで失った刺激をRoam Researchへの細かな記録で補っているのではないかという仮説もある。
それはまた次の記事で触れたいと思う。
ではまた。

